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安田講堂1・18決戦前夜

 国家権力と対決せよ

七〇年安保闘争と七〇年代階級闘争の開始期にあたって、全学共闘会議の旗の下に結集し、東大闘争を敢然と闘い抜いている総ての学生・院生・教職員諸君!
1・15闘争は、解放講堂前銀杏並木に、一万名を超える、先進的な労働者・市民・学生を結集して、巨大な成果をかちえた。「学内立入禁止」の恫喝によって、警察機動隊の物理力を背景に、露骨な闘争弾圧を加えてきた大学当局、国家権力の意図は、この戦闘的な労学の連帯の前にもろくも崩れた。
 この、1・15闘争の成果をふまえ、更なる闘いの前進をかちとろう!

(一) 1・15闘争の階級的意義
 我々は、この東大闘争が既に個別学園闘争の枠を突き破り、日本階級闘争の一翼を担うものとして登場しているということを再三指摘してきた。それは九〇年にわたる東京大学の帝国主義的な機能を解体していく中から、大学における二重権力を創出し、さらには、権力の奪取を明確に目的意識化した地域人民と結合し、地域人民権力=解放戦線の樹立を展望していくものとしてある。七項目要求という改良的目標を改定して切り開かれた東大闘争が、11・12から11・22にかけての闘いのなかで質的な発展を遂げ、七〇年安保闘争への突入を階級的任務として闘い抜くべき六九年学園闘争へと前進していった過程は、まさに非和解的階級闘争の一環として東大闘争が成長していく過程であったのである。
 この東大闘争の巨大な前進のまえに、公然と敵対してきた反革命分子、言うまでもなく日共=民青ブルジョア民主主義路線である。それは、闘いの質的高まりとともに必然的に阻害物として登場してくる。そのことは、そのよって立つ基盤が、人民とは自らを区別した「民主的インテリ」と称する階層であることによっても明らかであり、闘争を原則的に貫徹せんとすれば、実力粉砕の対象としかなり得ないのである。9日の、教育・経済学部における闘いは、全学封鎖の過程の中に、このように位置づけられるものであって、反帝学評の諸君のように、民青の出方の裏返しとして「9日決戦」か「10日決戦」かのごとき問題設定は誤りであることは、今さら言うまでもないことである。
 1・15闘争の意義は、国家権力との直接対決の局面を迎えて、自覚した人民が、階級的任務を担って革命派として決起し、政府ブルジョアジーに公然と反旗をひるがえしたことである。従って、その一側面は、当然にも日共=民青のブルジョア民主主義路線を断固として粉砕したことでもあるのだ。
 (ニ) 助手共闘・闘職・全闘連の意義と方向
 東大闘争が個別改良闘争の枠を越える高度な内容を有する闘いに発展しえた重要な要因として、広汎な院生・助手・職員の決起を高く評価し、敬意を表するものである。学部学生よりはるかに深く資本主義社会に、その生活基盤を有するこれらの人々が敢然として闘いの隊列を構築したのは、裏から言えば、現在の大学の、政府=ブルジョア独裁権力の末端機構としての学内管理支配の徹底化を意味している。大学共同体幻想を有すべくもない位置に存在したが故にこそ、これらの人達は、最も先進的に闘い、自らを戦闘的な隊列に形成したのである。資本主義のより深い所より立ち上がったが故に、既にあれこれの党派を越えた地点に立つている。東大闘争が人民との直接的・現実的結合をなすまで発展して来た今こそ、その先進性・戦闘性を東大闘争を超えて発揮すべきであり、その道こそ、解放戦線路線に他ならない。更に多くの職員・院生・助手を結集し、自らを労働者解放戦線・学生解放戦線として形成するよう心から訴える。東大学生解放戦線は、心から敬意を表し、諸君と共に進むものである。

 (三) 国家権力と断固として対決せよ!
 東大当局は、増々その本性をむき出しにし、機動隊による闘争の圧殺を公言している。我々は、既に警察力の弾圧にも屈することのない高い思想性と戦闘性を持つ、闘争組織として、全学共闘会議を形成している。全東大の学生・院生・教職員諸君・全学共闘会議こそ、信頼しうる闘争組織であり、権力と対決しうる組織である。断固として、共闘会議の下に結集するよう心から訴える。とりわけ闘争の長期の担い手たる教職員諸君、断固として共闘会議に結集し、権力と対決し、指導的階級として自らを共闘会議の中に形成するよう訴える。
   (東大学生解放戦線「闘争指令」NO52〔69・1・16)


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