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奴隷使いの学問からの解放

資本主義社会は、もろもろの例外をもうけながらも、原則としては法の前の平等という法形式をとる。それは資本主義的取引きにおける売買の自由、売手と買手の法的形式的対等に対応するさまざまの「自由」とともに、資本主義社会になくてはならぬものであった。封建社会におけるように、人は「身分」のなかに生まれてくるのならば、教育は、それぞれの身分にふさわしい知識や技術を身につけさせるという役割を果すことで足りた。
 しかし生まれながらの身分差別を否定して、法の前における万人の平等という原則をとるとすれば、これを支配するものと支配されるものに区分し組織化してゆく過程が、どうしても必要になってくる。学校教育体系は、そうした必要を果すための装置として基本的な役割りを負わされる。そのさい試験=成績をつみ重ね、人はだれでも試験を通りさえすれば上層に進出できるという入試制度が、きわめて大きな効果をあらわす。
 それは人民に、「おれが今のような境遇にいるのは、頭が悪かったからだ、勉強しなかったからだ、つまりは、おれが悪いからだ」という「あきらめ」をおこさせるのにきわめて有効な方法であった。その反面でこの教育体系を頂点までのぼりつめるものは、試験の点数をそろえることで、絶えず他のものを蹴落し、そこから生まれる優越感を拡大蓄積して、支配者としての資質を形成してゆくのである。

いま東大その他の全共闘の諸君が、「わが内なる帝国主義大学」の否定、「自己否定」を強調するのも、このようにして自己のうちに蓄積されてきたものを否定することが、自分自身と人間を解放し、学問を帝国主義から解放する前提であると認識したからにほかならないであろう。

 入学試験による人民の階級への区分けと組織化は、第二次大戦の終りまでは、小学校 (国民学校) を出たところで、ただちに社会的労働に入るか、高等小学校、中学校、実業学校のどれに進むかによって第一段がなされ、つぎに帝国大学の予科ともいうべき高等学校、私立大学の予科、専門学校のどれに入るか、またはそのどれにも入らないのかという第二段階の区分けがされ、第三段階は、東大など「超一流」の大学か、他の大学へ行くかでふるい分けられた。そして、このような教育体系のもつ効果は、この体系の頂点を権威づけ、頂点より順次に下に向ってうすめられてゆく権威の階層を重ね合せることによって、さらに強められる。これまで述べてきた天皇制の教育体系の形成過程では、とくにこのことに重点がおかれた。その頂点をなすものが、東京帝国大学と陸・海軍大学校であった。このうち、第二次大戦後に、陸・海軍大学校が消え去ったのちでも、東京大学は生き残っており、学校体系の頂点としての「権威」を与えられつづけてきた。

いまの東大闘争がはじめてその権威を内部から崩壊させつつある。東大の「民主化」とは、ありもせぬ「民主的進歩的伝統を継承」することなどによってではなく、全共闘がやっているように、東大九〇年の帝国大学的「権威」をきれいさっばり消滅させるところにのみその糸口がある。
『東大闘争の論理』