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 五月四日土曜日

 
カルチエ・ラタンを掃きならせ

  「新聞+大学+警官+雇主=弾圧

 なにゆえに学生は「怒れる若者」なのか。
                               
 新聞は「怒れる若者」、暴力、文化破壊にうつつをぬかして暇つぶしをしている「お金持ちの若様」、「怒れる若者たち」について書いている。
 こういう記事の目的は何か?
 ただひとつ−学生を勤労者から切り離し、学生たちの闘争を戯画化し、学生たちを孤立させて、この闘争をもっとうまく沈黙させること。
 金曜日に五時間にわたって警察と衝突した三〇〇〇名の学生は、本当にペイルフィット文相が言うようにひとにぎりの騒乱者だろうか?
 否。
 われわれはつぎのことを拒絶するがゆえにたたかっているのだ。
 ー労働者階級の子弟を犠牲にする教育の選別に仕える教授になること。
 ー政府の選挙運動用のスローガンを製造する社会学者になること。
ー「雇主の最上の利益にしたがって」勤労者の各「作業班」を「機能させる」役割をになう心理学者になること。
 −研究活動がもっぱら利潤の経済のためだけに利用されるような科学者になること。

 われわれはこのような「番犬」の将来を拒絶する。
われわれは、そうなるように教える講義を拒絶する。
 われわれは体制のなかに入ることを受けいれた者に報いる試験と肩書きとを拒絶する。
 われわれはこのような「マフィア団」〔マフィアは凶悪な犯罪を犯すイタリア人の秘密結社〕 による求人を拒絶する。
 われわれはブルジョア的大学の改善を拒絶する。
 われわれは、労働者に敵対せず、労働者の側に立ってたたかう知識人を大学が養成するように、大学を根本的に変革するつもりだ……。
 われわれは、労働者階級の利益が大学内部で守られるようにしたい。
 われわれを勤労者から切り離したいと思っている者は、労働者階級や彼らとともにたたかうことを望む者の利益に敵対している者だ…。
 諸君がどこにいようと、われわれがどこにいようと、ブルジョアジーの弾圧に反対して全員を動員しよう……。」

              *
五月十七日
 「ブルジョアジーは怖れはじめているのではないか? カン、サン・ナゼール、ルドン、ローディアスタのストライキのときと同じく、彼らは危険を悟った。
 それは学生がいまや労働者階級のうちでもっとも戦闘的な部分と同じ闘争方法を用いているからだ。学生たちは、大学の権威主義的本質の暴露を通して、闘争を急進化しっつある。
 ブルジョアジーは、勤労者と学生の団結した闘争に直面して、みずからの弱点を悟っている。
だから彼らは、学生たちの行動を中傷し、勤労者の行動については沈黙して事実を塗りかえ、是が非でも手おくれにならぬうちに学生と勤労者の行動を暴力で弾圧しようとしているのだ。
                                   三月二十二日運動」

五月十七日
 「理科ストライキ委員会等。
 三月二十二日運動 −
 「ボンピドゥー声明以来、ブルジョア国家の心痛がわれわれの心痛でないことは明らかである。
すなわち、
 権力は今日好機を待っている。権力は自分の前途に戦慄している。金曜日に自然発生的に現われた新しい形の異議申立てはブルジョアジーとしては容認できない。すなわち、カルチエ・ラタンのバリケードは自分たち学生の利益をまもろうとする学生たちの気晴しではない。その深い意味は、ブルジョア国家とその警察とにたいする直接的闘争の導火線であるということだ。だからこそ青年勤労者たちが、大学生、高校生、教授と並んでバリケードのうえでたたかったのだ。すなわち、われわれが警察機関にたいして開始した大闘争は全勤労者の闘争なのだ。
 いまや
   街頭で
     工場で
       ブルジョアジーの弾圧と抑圧に反対して
         闘争がおこなわれている!


              *

 「勤労者諸君
  学生諸君
                                                                                              
 カンで、マンで、ルドンで、労働者と農民がたたかった。ORTFは完全な黙殺か、あるいは嘘をついた。
  * ORTFーフランス国営ラジオ・テレビ公社。五月二十日からストライキに入り、自治と管理参加を要求して一方月以上たたかった。
 パリでは学生と青年勤労者がドゴール警察国家に反対してデモをおこなった。ORTFはこれらの出来事を系統的に小さく扱い、しかも嘘をついた。政府は情報を独占し、議会の野党はなにもできない。
 だがバリケード以後、ORTFは、職員たちの圧力もあって、断片的な情報を与えざるを得なくなった。
 権力は情報手段を通してわれわれの闘争を陰蔽し、孤立させ、笑い物にしようとつとめている。
 今日権力は、後退をつづけねばならない。
 情報の権利。
 勤労者によるORTFの管理。

 闘争している者のための、ORTFでの表現の自由。
 五月十七日金曜日午後七時
 コニャック・ジェイ街
 ORTFに全員結集せよ
            高校生行動委員会(CAL)
            フランス全学連(UNEF)


ウォーラーステイン『新しい学』
1968年、世界革命が起きた。
その結果、アメリカがよりどころとするイデオロギーは、(形の上で対極にあるソ連のイデオロギーとともに)根底からくつがえされた。


ベトナム戦争、西欧と日本の経済発展、68年の世界革命――この三重の衝撃で、世界システムのヘゲモニーをアメリカが(機械仕掛けのように)たやすく維持できる時代は終わった。アメリカの没落が始まる。このジオポリティクス上の変化に対応して、アメリカはできるかぎり没落を遅らせようと努力した。これでアメリカの世界政策は新しい段階に入った。
レーガンも含め【1】)ニクソンからクリントンにいたるすべての大統領がとった世界政策には、三つの中心目的があった。

1)ソ連の脅威を声高に唱えることによって、西欧と日本がアメリカに対する忠誠を失わないようにすること。同時に(日米欧三極委員会とG7を通し、パートナーシップというふれこみで)西欧と日本の政策決定に口出しすること。

2)大量破壊兵器の「拡散」を阻止し、第三世界を軍事的に無力にしておくこと。

3)ソ連=ロシアと中国が相争うようにしむけて、両国を不安定な状態にしておくこと。

この世界政策は、ソ連の崩壊までなかなかうまく行っていた。しかしソ連がなくなると、政策の要である第一の目的が成り立たなくなった。
過去500年間つづいてきた今のシステムでは、資本の蓄積を長期にわたって続けられるという保証がもうできなくなった。そのため、私たちは混乱の時代を迎えた。経済や政治・軍事の領域で(ほとんど制御不可能な)荒々しい変動が起きる。分岐点にさしかかった私たちは一つの選択を迫られる。次の50年間で、どのような世界システムを新しく築いてゆくのか。これを全世界の人びとが総意にもとづいて選択しなければならない。
資本主義の世界システムが、もともとその構造に危機をはらんでいることだ。
資本主義を危機から救おうとしているのではなく、もっと劣悪な別のシステムに置き換えようとしている。タカ派の政策には二つの短期目標がある。ひとつは、核兵器を持つ可能性のある(北朝鮮やイランなど)第三世界の国々を攻撃すること。もう一つは、アメリカ国内に強圧的な警察機構を作り上げること。この目標を確実に達成するために、彼らはつぎの[大統領]選挙で勝つ必要があるだろう。

、、、リベラリズムのジオカルチュアの成立と並行して、知の世界では、いわゆる「二つの文化」状況が生じ、自然科学と人文学(新カント派的に言えば、自然科学と精神科学あるいは法則定立的学問と個性記述的学問)の乖離ないしは没交渉化が進んだが、19世紀の後半から20世紀の時期にかけて、その中間に社会科学の諸ディシプリンが成立し、社会科学は「二つの文化」の遠心力に引き裂かれることになった。ところが、この「二つの文化」の乖離が制度とする知的編成の全体に対する異議申立てが(象徴的な意味での)「1968年」に生じ、学の制度的分断に対して、横断的にちの対象を再構成するための歴史性と文脈性の再導入が、自然科学と人文学の両極から生じてきた。ウォーラーステインは、その代表として、いわゆる「複雑性の科学」と「カルチュラル・スタディーズ」を挙げている。、、、
第一は、戦後の社会科学が、「全体主義」の非正統化という課題を根幹的な出発点として制度化されていったということである。これは二つの効果をもたらした。ひとつはそれが人種主義を非正統化したということと、もうひとつはナチズム批判がスターリニズム批判へと無媒介的に接続されたことである。この二つの効果があわさって、「第三世界」という概念が誕生した。
 第二に、そのようにしてできた戦後的な知のレジームの総体に対する批判は、「1968年」を境に、構造主義に代表されるような、知の正統化のオルタナティヴな様式/形式としての提起という挑戦を受けた。
ウォーラーステインは、彼が着目するところの近年の「知の社会科学化」において、自然科学の側から提起されてきた近代知批判と、人文学の側から提起されてきた世界観の多元性・文脈性への開示とが究極的に収斂する方向性が見えてきたという意味で、1968年的な近代批判の本来的なエートスの回復ないしは完成(この場合の「完成」はシュンペーター的な意味のそれであって、「完成」即「死滅」であるが)を示唆したいようである。

Wallerstein, Immanuel, “1968, Revolution in the World-System: Theses and Queries”,

Tudo comeca em 1968, revolucao mundial com duplo sentido. Ela estourou sobre os tres mundos --no ocidente, nos paises ditos socialistas e no Terceiro Mundo. Acima de tudo, todas as insurreicoes --desconsiderando suas linguagens especificas-- retomaram dois temas do "sistema-mundo".

Primeiro tema: geopolitica. Os revolucionarios de 68 condenavam a hegemonia norte-americana e suas manifestacoes mais nefastas, como a guerra do Vietna. Ao mesmo tempo, denunciavam a "conivencia sovietica" em relacao a essa hegemonia. Dai o slogan chines das "duas superpotencias". Nos paises ocidentais, essa abordagem levava os militantes a dedicarem-se prioritaria e apaixonadamente aos movimentos de solidariedade com o Terceiro Mundo. Era o tempo do "Um, dois , tres Vietnas".